早田カメラ史 『懐かしの1枚』

第六十四回 コンチュラ物語

小説「ライカ同盟」(1994) 小説「ライカ同盟」(1994)

実はさぁ、若い頃にはカメラ屋とかじゃなくて小説家になろうかなって思っていたことがあるの。もしかしたら自分には才能があるかもしれない。何っていったって高校の時には作詞作曲とかしていてね、結構それがウケてたんですよ。だから小説ぐらい簡単に書ける気がしたの。でね、俺は小説家になる!って、うんうん唸って1日中原稿用紙に向かって、結局は2行だけ書いてそれでおしまい。とてもじゃないけど作家になんかなれないって気づいたんですよ。

それから小説を書くことはなかったけど、その頃には自分が小説に出てくることになるなんて思いもしなかったよね。それはどんな小説ですかって? これですよ、「ライカ同盟」。この本の中で最初に出てくる「コンチュラ物語」っていう小説に俺が出てくるの。

コンチュラっていうのはカメラの名前だよ。ステレオ写真の撮れるものすごく珍しいカメラなの。それを持っていた志摩の真珠屋さんでステレオカメラに凝っていた大金持ちのお客さんが、松屋銀座のカメラ市に出して売ってくれませんかって持ってきたのよ。

そのお客さんは世の中のステレオカメラをたいがい集めたんだけど、最後に僕のためにステレオカメラを作ってくれ、しかも6×6判でって言われたの。金に糸目はつけないっていうからこっちも頑張って作りましたよ。二眼レフを2つくっつけて、レンズは泣く子も黙るゲルツのダゴールの65ミリで、しかもキヤノン7の距離計を取り出したやつを乗っけて距離計連動の中判のステレオカメラを作ったの。

そうしたら「今まで撮ったステレオ写真の中でも最もよく撮れてる!これだけすごい写真が撮れるんだったら、もう他のカメラはいらない」って、俺も送る前に一応写真撮ったけどもうビックリしたよ。すごいんだよ、オオゥー!みたいな(笑)。そんなわけで今まで持っていたステレオカメラをどかーんと持ってきたのよ。

その品物の中に、コンチュラがあったの。それを買ってくれたお客さんがしばらくして「あのぉ、オタクで買ったやつが‥」って泡食ってウチに来たわけ。触っていたら絞りを動かすところの飾りネジがポロッと外れちゃったのね。スローも少し悪かったので「ああ、これがこうでこうだから」って、ぷわーっと説明しながら直しているのを見て感心されちゃってね。それが「コンチュラ物語」になるの。

「ライカ同盟」の作者は尾辻克彦さん。しばらくしてこのペンネームをやめて赤瀬川原平になるの。俺はコンチュラを売ったときには赤瀬川さんそのものを知らなかったんだけど、そのあと仲良くなるんですよ。