早田カメラ史 『懐かしの1枚』

第三十回 シュトラッサーさんのカメラ

フォクトレンダーばっかり(1992) フォクトレンダーばっかり(1992)

これがハンネスに紹介してもらって訪れたシュトラッサーさんの自宅の中に置いてあるカメラの写真。すごいでしょ。これは全部フォクトレンダーだよ。彼はね、フォクトレンダーのコレクターとしてはヨーロッパ中で有名な人だったからね。なんでフォクトレンダーが好きかって? 理由は聞いたことないけれど、とにかくフォクトレンダーが大好きなの。それで、フォードの副社長をやってお金はあったから、もちろんライカも山ほど集めてたんですよ。

じゃあ、なんでカメラを売りたいと思ったか? ウィーンのフォードの副社長を退職するにあたって、やめたらば世界旅行に行きたいと。でも、窓から見るとカメラが並んでるのが見えちゃうわけ。ダァーッと。それが奥さんが怖いって言うわけ。窓割られて空き巣に入られるかもしれないから。だから、外からチラチラ見えるカメラだけでも処分しろみたいなことを言ったらしい。そう言われたもんだから、ハンネスのところに相談に来たらしいの。それで、東京からこういう奴が来てるけど紹介していいか?ってなって、それでシュトラッサーさんのところに行ったんだよ。

エルンスト・シュトラッサー。格好いい名前。それで面白い人。エルンストという名前は、エルンスト・ライツ社で有名だけど非常に珍しい名前だからね。それでカメラ屋の中でも彼は有名だったの。リンツの家はね、それはもう立派なおうちでね、部屋の中にぶわーぁっと出してあるの。カメラショウみたいに机の上にぎっしりとカメラを並べて、丁寧に値段も書いてある。でっかい家の2階が応接間になっていて、そこに白布を掛けた机があってカメラが銘柄ごとに並べてある。これをある程度処分して見えないようにして、それで二人で旅行に行きたいということで、とりあえずここにあるカメラを買ってくれってことになったの。

でもさ、結局俺も指名されて行ったわけだけど、全部は無理なわけよ。ライカもフォクトレンダーも、すっごいコレクションだから。金額にしたら1億円くらいになったんじゃないかな。そんなの全部買えないでしょ。だから、とりあえず今回はこれくらいでいいか?って。日本からお金を持ってくるのも大変だから、次にまたきて買うからそれでいいかって聞いたら大丈夫だと。次に来てくれた時にまた買ってくれればいいからって。その当時はまだオーストリアシリングだよ、ユーロなんてまだまだない時代だから。オーストリアシリングを日本でまとめて買うことができなかったのね。だから日本円で持っていくと彼が銀行に連れて行ってくれて両替してくれるの。それで、ちゃーんとカメラはオーストリアの郵便局から送ってくれるの。親切でしょ。それだけじゃなくて、いつも必ずクルマでどっかに連れて行ってくれるんだよね。