早田カメラ史 『懐かしの1枚』

第二十八回 シュトラッサーさんの写真

ヴェネディッヒ(1993) ヴェネディッヒ(1993)

この写真、改装する前の店の中に飾ってあったのを覚えてる? 覚えてないの? まあ、今も飾ってある田村彰英さんが撮った黒澤明監督の後ろでお城のセットが燃えてる写真の方がインパクトはあるけど、これもすごくいい写真だよね。田村彰英さんはプロ中のプロだけど、この写真を撮った人はどちらかといえばアマチュアで、すっごいカメラコレクターだったの。まぁ、うちの親父が元気だった頃から店に来てくれていた鳥山さんみたいな感じ。すごくカメラが好きなだけじゃなくて、写真がすごく上手いの。

ずっと飾ってあったから額とガラスがヤニだらけになってる(笑)。昔はタバコOKで、両切のピースをばんばん吸う浅草寺の吉川先生なんかが毎日のように店に来てたからね。でも中身は綺麗なもんですよ。写真の下の方にエンピツで何か書いてあるよね。左に書いてあるのは何だ? Venedig。ヴェネディッヒって、ドイツ語でヴェネツィアのことだよ!ヴェニスで撮った写真なんだね。それで、右に2/94って番号があるから94枚プリントとしたうちの2番目。エディションナンバー。その横に、こちょこちょと書いてあるのがシュトラッサーさんのサインですよ。彼はこういうサインを書いてた。

シュトラッサーさんはね、ヨーロッパ・フォードの副社長をしていた人なんだよ。シュトラッサーさんに初めて会ったのはユーロなんてまだない時代だったから、ヨーロッパに行き始めて4年目くらいだったかな。1991年頃。だって、まだライカショップのペーターがまだ店をやっていなかったんだから。ライカショップの初代番頭になるハンネスが、まだ別の店にいた頃だからね。エリザベス・ソイカっていう店だよ。ペーターが自分の店を始めるっていうんでハンネスを引っ張ったんだから。あいつはカメラにめっぽう詳しいってね。

それでね、シュトラッサーさんのことを紹介してくれたのがそのハンネスなの。この写真は、シュトラッサーさんと会って最初の頃に「自分はカメラ集めだけじゃなくて写真も撮るんだよ」って、くれたの。ヨーロッパの人の家の中って、だいたい家族の写真が飾ってあるじゃない。でもシュトラッサーさんの家って、階段の横のところにズラーっと写真が飾ってあるんだけど、家族の写真じゃなくて自分の作品なの。カメラのコレクションとしてはフォクトレンダーもすごく集めていたけれど、撮るのはライカ。Rを使っていたから、この写真もRかもしれない。ライカR8かな。

シュトラッサーさんの家があるのはオーストリアのリンツなの。ヨーロッパに行くたびにシュトラッサーさんのところに寄って、彼のカメラを買ってたんだよね。ミュンヘン〜リンツ〜ウィーン。ウィーン〜リンツ〜ミュンヘン。リンツって、ザルツブルグと一緒でミュンヘンとウィーンの途中なんだよ。それでリンツに初めて行ったんだよね。ちゃんと夫婦で駅まで迎えに来てくれて。引退してもフォードに乗ってたね。最後はベンツだったけどね。