早田カメラ史 『懐かしの1枚』

第十七回 ウィンドウディスプレイの掟

ミュンヘン(1990) ミュンヘン(1990)

フォトバザールのスロビッチ兄弟と仲良くなって、あっちが欲しがっているカメラを日本から持っていくようにもなって、4回目5回目と何回もミュンヘンに行くじゃない。でね、ある時気がついたんだよ。ミュンヘンのフォトバザールのウィンドウって、いっつも同じところに同じカメラが置いてあるの。要するにライカはライカ、ローライはローライ、全部同じところに同じものがずぅ〜と置いてある。

これは売れていないのを、そのままにしてると思っていたの。だから弟のホネ・スロビッチに「カメラが売れてないなら、なぜウィンドウの中の置き場所を変えないの?」って聞いたんですよ。普通、店やってて商品が売れなかったらちょっと雰囲気を変えてみたくなるでしょ。そうしたら「違う。全部売れているんだ。売れたら同じところに同じカメラを置いてるんだ」って言うんだよ。なぜかと聞いたらば、「変えると、お客さんが慌てる」って。「そうするとお客は疲れる」って。あの時は目からウロコが落ちたね、本当に。

要するに同じところに同じものがあれば、何年も前に来たことがあるお客さんが来た時に「あ、まだ同じものがここにあるんだ」ってすごく安心する。それがすごく大切なんだって。僕らの商売は、お客さんが長〜い間カメラを買い続けるんだって。要するにコレクションなんだ。たった1台のカメラを買うんじゃないんだ。いろんなカメラをず〜と買い続けるものなんだから、同じものを同じところに置かなきゃいけないんだっていうの。

これは本当にすごいと思ったね。こんなことをやっている店は世界中でもそんなにないと思う。大変なことですよ。だって同じカメラを同じところに置くんだぜ、そのカメラが売れて無くなった時に。俺、すごいなと思ったよ。普通だったら変えるじゃん、売れちゃったので同じ場所に同じカメラがあるなんてことはできません。ごめんなさいってなるでしょ。違うんだよ。あるんだよ。あの時に、この人たちは客がどうしてカメラが買いたいか、なんで来るかちゃんとわかっていて店をしているんだって感心したね。

それに比べて日本のカメラ屋さんって、客のことは何も考えてない。てめえのことしか考えていないんだよね。自分の方の都合しか考えていない、売れなかったら困るという並べ方しかしない。そうじゃない、ヨーロッパのカメラ屋はお客さんがなんで来るのか。どうすれば喜ぶのかを考えてウィンドウを作ってる。全然違うんですよ。あれはもう本当にびっくりしたね。あれから30年やっているけど、ウチはヨーロッパのカメラ屋のスタイルですよ。結局のところクラシックカメラを売るカメラ屋さんは、多分東京ではウチしか残らないと俺は思う。