早田カメラ史 『懐かしの1枚』

第七十回 エルメスのライカケース

朝比奈さんのライカケース(2015) 朝比奈さんのライカケース(2015)

今年はヨーロッパにカメラを買いに行くのをやめようと思っているんだよね。とにかくカメラがないし、あっても高いんだよ。ウィーンのフランツから連絡があってライカM3はいらないかって言ってきたんだけどいくらだと思う? 2500ユーロだって。そんな値段じゃ買えないよね。円が弱いのもあるけど、カメラだけじゃなくて航空運賃もホテル代も高すぎですよ。特に今年はオリンピックがあるからパリなんて大変なことになってるの。

そう言えば、ちょっと前にパリにいる朝比奈さんに頼んでいたエルメスのライカケースの写真が届いたよ。この写真は光の捉え方が上手いけれどもう少し解像度の高い画像はないかって? こっちのスマホに届いたのがこの画像なの。たぶん朝比奈さんはガラケーを使っているんじゃないかな。

朝比奈さんはね、ずいぶん前からパリに行くとお世話になっている人で画家なの。もともと建築の勉強をするっていうことで渡欧したんだけどずっとパリにいて絵を描いてるんですよ。ずいぶん前のことだけどパリのメゾンドライカにいた番頭さんが始めたカメラ屋に行った時に、毎日カメラ屋さんを覗くのが趣味の朝比奈さんがいたの。そこで「早田さんですよね」って声をかけられたのが始まり。日本の雑誌を見て僕のことを知っていたらしいの。

それから毎年、パリに行ったらバスチーユから歩いてメゾンドライカで朝比奈さんと待ち合わせして、パッサージュのフォトベルドーが最初で、ボーマルシェにズラズラッと並んでいたカメラ屋に行ったものですよ。なにしろ朝比奈さんはパリ中のカメラ屋さんを知っているから「ここはすごいよ」って連れていってくれるんだよね。

そんな朝比奈さんのコレクションの中でもすごいのが、エルメスが作ったライカのケースだね。パリの蚤の市で中古のライカケースがブワァーって置いてある中から見つけたんだって。ケースをしめる金具のボディ側の方の上のあたりの革のところに小さくHELMESって書いてある2つのケースを知らんぷりして買ったの。もちろん蚤の市で売っている人はそんなこと知らないから何千円かで手に入れたんだって。

その2つのうち、ほつれていない方をウィーンのウェストリヒトオークションに出品するのを手伝ったんだけど、びっくりするような値段で売れたんだよね。確か2015年の21回目だったかな。オークションカタログがあったらそのライカケースが載ってますよ。

それでね、もうひとつ朝比奈さんの手元に残しておいた方は糸がほつれていたからエルメスのパリの本店に修理に持っていったんだって。そうしたら「確かに私共がお作りしました品物です」って引き受けてくれて、修理代タダでやってくれたんだって。エルメスってすごいよね。この写真に写っている布袋は、そのときのものじゃないかな。

布袋の下の方にあるのは、バルナック時代の革のストラップ。どこにもライカって書いてないの。だけどライカなの。本当になんかよく分からないんだけどウエストリヒトのオークションに出ていてね、俺に買ってくれって頼まれたの。どうして欲しいのか俺にはさっぱり分からないんだけど「これは間違いなく本物です」って。ただのストラップなんだけど、それっきり見たことがない珍品だったの。そのとき、朝比奈さんってちょっとおかしい、すごい人だなぁと思ったよね。