早田カメラ史 『懐かしの1枚』

第八十二回 新婚旅行のカメラ(その1)

京都にて(1973) 京都にて(1973)

これは、新婚旅行で京都に行った時の写真なんだよ。最初は京都に行くつもりもなかったんだけど、俺の小学校の同級生で、ここをちょっと行ったところにあった化粧品屋の息子のA本君がたまたま京都のホテルに勤めることになって、こっちに来いよってことになって、じゃあ行こうかってなったの。だから、別に予定もへったくれもなくただ京都に行ったの。京都まで新幹線で行って、あっちでレンタカーを借りて。その同級生に京都で会ったのかって? う〜ん、覚えてないなぁ。

新婚旅行に持っていったカメラは何かって? それはね、売り物じゃなくて自分のローライ35のジャーマニーを持って行って撮るつもりだったけど、思いっきり忘れたの。フィルムをバッチリちゃんと入れて、予備も2本用意して置いておいたの。なんで持っていくのを忘れたんだろうね? はっと気がついたら『あ、いけねぇ』みたいな(笑)。ローライ35があれば、こんなもんじゃなくてすごかったんだろうけれど、違う意味ですごいよね。これ、京都だぜ。

まぁ、カメラを持っていくのを忘れたのにもわけがあるといえばあるんだよ。その頃はあんまり旅行ってしてないから、段取りがわかんないんだよね。だから、とりあえず結婚式の当日に式が終わったら京都に行こうって。それでね、結婚式そのものが、なんだかすごく長引いちゃったんだよ。式場は、そこの産業会館。あそこはレストランの精養軒が入っていて、値段も安くて良かったの。それはいいんだけど、スピーチを頼んだ相手が悪かったんだよ。

ばあちゃんの従兄弟で小西六の常務をやっていたHB野のバカたれがぐだぐだ話をして。HB野は小西六に俺を引っ張った人なのよ。もともとはT田さんっていう直属の上司で朝っぱらから酒飲んでるすごいおじさんなんだけど実はスーパー営業マンという人に『結婚するからスピーチお願いします』って頼んだの。そしたら、俺じゃなくてもっと偉いHB野にやってもらえってことになったんだよね。だけど、HB野が出てきたら延々と訳わかんないスピーチをしたんだよ。もう、何を話していたかなんて記憶にないよ、本当にもうやめってってくらいに長かったの。それがやっと終わったら『何この時間』みたいになったから、手拭いの藤屋のチイちゃんが車で東京駅まで送ってくれたんだよ。それで『切符は?』『買ってない』『バカ!早く買いなよ』っていう感じであわてて新幹線に乗って京都にたどりついたもんだからカメラもへったくれもないの。あの時はガタガタのぐったぐただったよ。

京都に着いたのは夜中だからね。翌朝になって『あれ?いけねぇ』みたいな感じでカメラを持ってくるのを忘れたことに気づいたの。ローライ35のジャーマニー、自分のものなの。今だにありますよ。それから50年も写真を撮っていないから、写るかどうかわかんない。あ、でも途中で店のローライ35の具合が悪くなって俺のローライを部品取りに使っちゃったかもしれない(笑)。