第七十九回 髪結ばあばと三社祭

この写真が載っているのはアサヒカメラ1977年の8月号だよ。撮ったのは時事通信にいた中田さん。ものすごく写真の上手な人でしたよ。これはね、三社さまでお祭りの格好をしているときに、たまたま撮ってくれてドカンと載っちゃったんだよね。
左の人は観音通りに入ってすぐのところにある居酒屋の志婦やのおばあちゃん。まだこの頃はおばあちゃんじゃないけどね。それで右のが俺と結婚して2年目のお母さんね。綿絽(めんろ)の半纏(はんてん)に早田って入っているでしょ。これは手拭いのふじ屋で作ってもらったんだよ。日本髪をきれいに結っているよね。
この頃は俺のお袋が毎日髪結さんに髪の毛を結ってもらっていたの。それはうちのおばあちゃんだけじゃなくて、浅草のおかみさん達の髪を順番に回って結っていくの。髪結のばあばっていうんだけどね。和服じゃないんだけど昔の女の人がやっていた髪型なの。何しろ自分で髪の毛を結うってことはなかったんだね。それで、この頭もお祭りだっていうんでやってくれたわけ。
髪結のばあばは本郷に住んでいて、80いくつかで仕事を辞めるまで浅草に来てくれていたの。昔は都電が走っていたけれどそれが廃線になってからはバスに乗っかって浅草まで来て、みんなの髪の毛を結って、最後がうちのばあちゃんなの。でもね、たいがい寝てたから「お母さんまだ起きてないの?」って。朝寝坊なのは夜中の2時まで毎日現像してたからだよ。起きてくるまでに「本当にしょうがないね」とか言いながら台所の食器を全部綺麗に洗ってくれてね。
日本髪にするには、かなり長くないとできないんだよ。だから髪の毛は切っちゃいけないんだよ、すごい長いんだから。まずは髪の毛を束ねて元結(もっとい)っていう紙をよった紐で結えるのね。それを奥歯で最後にグゥッ!!とやるんだけど、歯がなくなっちゃうとできなくなるでしょ。そうなると終わりなの。髪結のばあばが引退するまで、この界隈のおかみさん達は随分お世話になっていたんですよ。志婦やのおばあちゃんも、もちろん髪結のばあばにやってもらってますよ。
こういう髪型の時は時代劇に出てくるような四角い枕で寝るのかって?そんなもの使わないよ。そのまま寝ちゃうからグシャってなるの。それで自分である程度は直すんだけど、鬢(びん)のところなんてなかなか出ないの。でも髪結ばあばが毎日来てくれるから、別に気にしないで寝ちゃっても大丈夫なの。みんなそうだったみたい。
次回予告
やっぱりルフトハンザだね
