第七十六回 カラカラものがたり

この写真に写っているのは、関敬六と渥美清と川上ケイジさん。それで右端にいるのが私です。川上さんはね、近所の手拭いの藤屋のおじいちゃん。なんで撮ったのか、誰が撮ったのかも知らない。そもそも関敬六なんて知らないし、渥美清だって写真を撮った時に知らなかったんだから。『男はつらいよ』なんて映画は見たことないもの。場所はね、カラカラっていう昔あった喫茶店ですよ。
カラカラ浴場? そう、ネーミングはそれです。カラカラをやってた人はね、向島の芸者さんだったんだよ。すごくいいお爺ちゃんで大金持ちの旦那さんにお店を持たせてもらってね。うちの真ん前だからお客さんが店に来ると向かいからコーヒーを頼んでね。言ってみれば、うちの応接間のようなお店で、手拭いの藤屋さんの応接間でもあったの。雑誌の人とかがくるじゃない、そうすると店であれこれやっているのも何だからカラカラにいきましょうってなって、取材とかいろんなね。その頃はそれは全部カラカラだったの。これも藤屋さんに2人が取材か何かで来てたんじゃない? それでなんだか分からないまま呼ばれて一緒に写真を撮ったんだと思うけれど、よく覚えてないの。
この辺のお嬢さんは、みんなカラカラでアルバイトしていたんだよ。お客は近所のおばちゃんたちばかりだから、気を使うことを覚えるからね。うちもトモヨがバイトして、そのあと年下のマナミがバイトしてってやっていたんだけど、両方がやっていた時もあったのね。そこに藤屋のおばあちゃんが仲間とカラカラに来るわけよ。そうするとお正月なんかお年玉をくれるのね。トモヨとマナミは似ているから「えぇっと、あなたはどっち?」とか聞かれて「マナミです」「はい、お年玉」ってなるでしょ。で、次に会うとまたわからないもんだから「あなたはどっち?」ってなって2回も3回もお年玉もらっちゃったって、ちゃっかりしてるんだよ。藤谷のおばあちゃんもうっかりしてるよねぇ、頼むよぉもう。
いずれにしてもこの辺で商売をしている家のお母さんは必ずカラカラのモーニングを朝ごはんにしていたからね。それでテレビでココアがいいってやってたらココアを2杯頼んだりしてね、だからすごいお金をカラカラには落っことしているのよ。うちもカラカラでモーニングだったもの。
うちはカラカラの鍵を預かったりして仲が良かったけど、店を辞めるのを何も言わないでね、彼女は喫茶店ではなくてカウンター飲み屋さんみたいなのをやりたかったみたいなの。ちょっとだけ花川戸の中華屋のぼたんのちょっと入ったところあたりで店を出していて、やっていたんだけど1年くらいで締めちゃった。ちょっと義理を欠いてると本人は思ってるみたい。要するに浅草の人間に顔向けできないってことだと思うけど、だいぶ前に「松屋で見た」とかさ、そういう噂がお母さんの朝のお茶のみ友達の間ででてくるらしいよ。
次回予告
飼っていたネコのこと
