早田カメラ史 『懐かしの1枚』

第四十一回 高木さんのジャワカレー

レストランNOTOにて(1994) レストランNOTOにて(1994)

このメガネとヒゲの人が高木さん。彼はチバちゃんがよく通っていたレストランのシェフなの。英国大使の専属シェフを大使の入れ替わりのタイミングでやめて、そのままイギリスで開業した日本料理のレストランで撮ったものだね。彼が最初にお店を出した場所がロンドンの銀行街の中にあって、本格的な日本食レストランなんだけど、そこでランチに日本人が食べているカレーライスを作ったのよ。

それがね、日本から輸入したジャワカレーのルーを使ってたの。その当時のロンドンでさ、銀行街で仕事している時にランチでジャワカレーのカレーライスが食えるって、すごいことだったんだよ。日本人だけじゃなくて向こうの人にもウケて、大手の銀行とか証券会社の人たちがスッゲェ並んでいたみたいよ。何しろ美味かったんだね。

高木さんは、ロンドンの日本料理の始祖みたいな人なんだよね。そこで日本食やってるっていうんでチバちゃんが多分食べに行って知り合いになったんだと思う。高木さんは腕が良くて、日本でもなかなか食べられないような凄いマグロとか仕入れてた。日本酒もいいのがそろってたよ。チバちゃんは飲んベェだから、そこでお友達になったんだよ。

チバちゃんは、もともとうちのお客さんだよ。青山通りにレチナハウスがあった頃からのお客さんなの。レチナハウスの望月さんとも仲が良かったんだよ。望月さんがロンドンに行った時、腸閉塞になったんだけど、チバちゃんがいたから助かったの。たまたま彼が一緒にいて助けたんだよ。望月さんがホテルで痛い痛いって、グゥアーッって苦しみ出したのですぐに病院に連絡をとって入院したの。そのあと元気になっちゃったけど、チバちゃんがいなけりゃ望月さんは死んでたね。

みんなチバちゃんがロンドンにいるもんだから頼って遊びにいくわけよ。カメラフェアとか蚤の市とか、彼に聞けば何でもわかるみたいな感じで、全部知っていたの。大英博物館の前に何件もあったカメラ屋だって全盛期の頃だよね。チバちゃんは英語ペラペラだったんで、連れてきた日本人は全部彼が面倒を見てるから、ロンドンにあるカメラ屋も、彼に話をすればみんなわかるって、そんな雰囲気なの。本当にすごいんだけど、その当時のチバちゃんって、実は証券会社のトップセールスだったんだよ。